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第2話 一族の汚点、絞首台の父の娘

last update Date de publication: 2025-11-17 08:11:24

 喧しく憂鬱の朝が今日も始まった。

 イルゼは気怠い身体を引き摺るようにベッドから起き上がる。

 随分と年期を重ねたボロボロのクローゼットを開くと、埃とカビでも混ぜたような不快な臭いがする。クローゼットの中はガラガラだ。

 吊されているものは、ヴァレンウルム王国の民族衣装──ディアンドルが五着ほど。

 しかし二着は酷くボロ。穴の開いた部分を端切れで縫い合わせており、非常にみっともない。残り二着に関しては状態も良く綺麗だが、丈が少し長くて寸法が合わないもので……。

 イルゼは顔をしかめつつ、綺麗なディアンドルを一着取り出してもそもそと着換えを始めた。

 そうして着換えを済ませると、彼女はボロ屋敷を出て、屋敷の裏手にある鶏舎けいしやへと向かう。

 そこには既に、焦げ茶髪の男の姿があった。

 今日はきっと自分の方が早いだろうにと思ったが、本当にどれだけ早起きか。否、ろくに眠っていないのかもしれないが……。

 イルゼは少し困った顔で彼の後ろ姿を見て間もなく。視線に勘付いたのか、彼は振り返ってやんわりと笑む。

「イルゼおはよう」

「……おはよ。義兄にいさん」

 抑揚よくようの乏しい口調で挨拶し、イルゼはバケツに穀物の滓をたんまり入れて鶏舎けいしやの中に入って行った。

 ──イルゼの母親が死者とされて数年後。父親は再婚した。

 父は歳の割にはそこそこ外見も良く、外面だけは良かった。

 酒に溺れているようには見せず、働くフリなんかお手の物。母が居なくなってからというものの、父は非常に狡賢くどうしようもない人間に成長した。

 表向きには優しく穏やかな顔を装っていたが、その中身は虫喰いのがらんどう。完全に腐食していた。

 そんな愚かな父と再婚した継母には二人の連れ子がおり、イルゼには三つ年上の義兄と一つ年上の義姉ができた。

 その一人が彼……ヨハンだ。

 義姉に関しては、今はこのボロ屋敷におらず、現在ここで暮らすのはイルゼと義兄のヨハン二人きり。

 その頃、イルゼの母は捜索も打ち切られ、死亡と見なされた行方不明者。父は死別者という扱いだった。

 ヨハンの母も、配偶者を病で亡くし、死別者。

 ──死別同士の再婚。親戚も街の人間も、新たな門出を素直に祝福した。

 だが、そこにはイルゼの父、トビアス・ジルヒャーの陰湿な企みが秘されていた。

 後妻は商人で非常に裕福だった。

 元々街の仕立屋の女主人として店を切り盛りしており、再婚後も稼ぎ柱となっていた。継母は非常に気の良い女だった。それも、本当の子でもないイルゼを愛情深く可愛がってくれた。

 卑劣な父は恐らく、稼げることや金があることに着目したのだろう。

 出会ったその時から犯行を企てていたと告白して、絞首台に立ったと言われている。

 そうして残されたのは三人の子どもたちだけ。

 しかし、その頃にはもう三人とも孤児院に入るような歳でもなかった。一番下のイルゼもあと二年で十五歳──責任能力ある立派な成人となる。

 せめてイルゼだけでもどうにかならぬものか……と、ヨハンは献身的にイルゼ側の親戚に手紙を送った。しかし一筋縄ではいかない。イルゼの親戚は貴族だからだ。

 父は子爵家四男。母は男爵家の三女だった。

 普通……嫡男ちやくなんでない下流貴族の多くは、騎士になるか上流貴族の家や宮殿に入り、使用人として働くことも多い。

 これは娘の方も同様に……使用人になるか、政略結婚の駒として使われる。

 しかし、夜会で出会い愛を育んだイルゼの両親は素朴を選んだ。

 二人は結婚後、親族との交流はしつつも貴族階級の肩書きも無くなり、あくまで庶民として生活を送っていた。

 それでも、商人として成功し、ジルヒャー家は名家になりつつあったが、父の事業が失敗したことで大きな借金を抱え、一転する。

 そして、殺人を犯した父は一族の汚点となった。

 その上で、絞首台に立たされる前の父は、母を殺害したことも証言した。

 ──貴族のお嬢様とはいえ、頭が悪い。稼げないあばずれの娼婦。だから殺してしまった。と……。

 母側の親族としても、いくら罪もない娘だろうが、殺人犯の血が流れるなどおぞましいと思ったのだろう。半年以上経過しても手紙の返信はなかった。 

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  • 罪の鎖に繋がれた没落令嬢は猟奇領主の執愛に溺れる~ローレライの夜想曲~   第91話 歌に繋がれた私たちの運命の輪

     イルゼは静かに、母との、彼との思い出の夜想曲を歌い始める。 そうして一節を歌い上げようとするときだった。 叩扉が響き、イルゼは歌を止めて返事をすれば、間もなくドアが開く。そこにいたのはバルバラだった。彼女は杖をつき、ゆったりと近づいてくるので、イルゼは慌てて椅子を用意する。 だが、バルバラはすぐに首を振り「気遣わず大丈夫ですよ」とイルゼに優しい微笑みを浮かべて言う。「でも……」「一日に一度は旦那様のお顔を見たくてですね。空いた時間にこうして訪れているのですよ」 ――本当に今にも起きそうで、綺麗な顔で眠っていらっしゃる。 そう呟く、バルバラは穏やかな瞳でルードヴィヒを見つめていた。それはまるで母が子を思うような。そこには確かな愛情が込められていた。 そう感じてしまうのは、憂いの色が強いからだろう。 彼女はルードヴィヒに近づくと、幼子にそうするように、彼の頬を優しく撫でる。 しかし、彼の手に握らせたペンダントに気づいたのだろう。「これは……」 彼女は一瞬だけ目を丸くして、イルゼの方を向く。「そういえば、イルゼさん。随分とお懐かしゅう歌を歌っていましたね」 聞かれていたのか。バルバラに微笑まれて、イルゼはほんのりと赤くなる。「その……この歌、母に教わったのです。彼も気に入ってくれていたみたいで、私にこの歌をよくリクエストしてくれたのです。私は川底にいた母に救われました。馬鹿げてるかもしれませんが、母が力を貸してくれないかなって……」 そう伝えると、バルバラは慈愛の込もった優しい瞳をイルゼに向け深く頷いた。 そして──彼女は薄い唇を開き、静かに伸びやかに、夜想曲を歌い始める。 だが、イルゼはバルバラの歌の上手さに驚いてしまった。 それはまるで歌うことに慣れているかのよう。声がよく通っているのだ。「彼女は喋らない」そんな風に言われていた気難しそうな寡黙さが嘘のよう。透き通った

  • 罪の鎖に繋がれた没落令嬢は猟奇領主の執愛に溺れる~ローレライの夜想曲~   第90話 不器用でいびつな私たち

     義姉からまさかそんなことを言われるなんて思いもしなかった。  だが、どう返事したら良いか分からない。今更という部分もあるし、こちらだって理解が追いつかない。当然のように、イルゼは返信を書くことなんてできなかった。 しかし、この事態にイルゼは余計に形見の狭さを感じ始めていた。  先行きだって不安でしかない。  義兄と営んできた養鶏業も廃業だ。これから、いよいよ一人でどう生きていけば良いか考えると、焦燥が募るものだった。  もし、働くにしても領地を出て行くべきだろう。  この領地で義兄に監禁され、厭らしいことをされてきた殺人犯の娘という最悪な印象を持たれてしまうのはどことなく想像できたのだから……。 だが、これに対してヘルゲは「生きやすいに越したことはないでしょう」なんてやんわりと微笑んだ。「うちの旦那様もそうだしイルゼさんもね、〝不器用〟なんすよ。似た者同士だなって思います。たとえ本人は腑に落ちないとしても、周囲の評価だ待遇だの、そのまま受け入れたって悪くないと思いますよ?」 ──自分に厳しすぎなんすよ。  なんて、ザシャにも言われて、イルゼは目から鱗が落ちるようだった。  確かに、他人とそこまで関わってこなかったからこそ、分からなかったことだ。  厚意を受け入れること、甘えること。これまでの自分はなかったものだ。  この城に来て、人と触れ合い、学んだことは多すぎる。  それに、こんな風に言ってくれるのは心からありがたい。イルゼは、使用人たちに深く礼を言った。 そしてヘルゲは「今だからもう言えますが」……と、更なる暴露をイルゼにした。 何やらヘルゲはリンダと既に形式上で婚姻関係を結んでいるらしい。  娼婦の義姉を買う──つまりは、結婚していたということらしい。  だがその実態は……〝ヘルゲとザシャ双方の妻〟という扱いだそう。「法的に認められてませんが、兄弟共有の妻ということになりました。僕ら性格似てないですが、好みは似ていて。もう二夫一妻で良いのでは? ってことになりまして」 借金を肩代わりした他、買われた

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